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2月, 2012の投稿を表示しています

2012年3月4日の日曜日、12時からです。

ちょっとどきどきしてますが、こんどの日曜日から開店させていただきます。いちおう、この日はプレ・オープンということで12時から夕方5時ごろまでの営業です。まあ、年も年ですので、いつまでもつかはわかりませんが(笑)ぼちぼちと気長にやるつもりでおります。お近くにお越しの節は(なんにもないとこですが)お気軽にお立ち寄りくださいませ。お待ちしております。

あと6日ほど…

チャイナタウンな雰囲気のプレートを、ポンカン食べもって、そうめんの木箱で製作。って日本語なんですけど…。ちなみに中国語で「終了」は「結束」やそうです。

リニューアルどんぶり鉢

きょうは新しくオーダーしたどんぶりが到着。あしたは製麺機の試運転をします。あとは、料理の試作が山ほど、DMの原稿を仕上げて、メニューも作って、割箸を箸袋に入れて…。とにかくすることがいっぱいありすぎて、ほとんどパニック状態、ですわ。

Sign up!

看板、というか看シートの取り付け作業。わりと地味な出来です。居酒屋の看板に寄りきられてる。インパクトが足らんかも…。























真っ赤な切り文字。いきなりの赤字ですわ(笑)。でも、なんとなく怪しい雰囲気がエエ感じです。























こっちは入り口のサインボード。フォントがなくてイラレで苦労して作りました。かなりの重量物なので風で飛ばされる心配はないけれど、出し入れがたいへん。



大阪屋(旧新町演舞場)

当店のご近所の名所旧跡を紹介するコーナー。 1回目は出版取次販売会社(本の問屋)の大阪屋本社ビル。何気ないビルの一角にレトロなビルが挟まっとるんですが、もとは新町の演舞場やったそうです(1922年竣工。施工は竹中工務店)。いまでは新町界隈に唯一残存する花街時代の建築物で、そういえばどことなく色っぽい風情がありますな(笑)。住所は大阪市西区新町2-5-5。西大橋の交差点からなにわ筋西側を北に3ブロック目です。

むふふふふふ…

ぞくぞく結集してます。

主役登場、です。

厨房の防水工事が完了。ちょっといいスピーカーを導入しようと思てたんですけど、この工事が追加になって、やむなく断念しました。BGM用にはうちの家にある安モンのTANNOYを持っていきます。あと、水漏中+水漏は時間の問題のトホホなシンクもすべて排水トラップを交換。これで水まわりはほぼカンペキですわ。そして、ついに当食堂のメインマシンである製麺機とミキサーが到着。製麺機の重量は70kg。配達の佐川の兄ちゃんでもトラックから降ろすのに四苦八苦するような重さです。厳重に木枠で固められ「精密機器につき取扱注意」のシールがあちこちに貼ってあります。でも、中華麺を作るのに「精密機器」ってのがおかしいですな。




塗装終了

鉄骨や棚、カウンターなどの塗装が完了。トラス構造の鉄骨はいまどきめずらしいそうですが築50年ですから、当時はそういう建て方やったんでしょうね。最初は倉庫だったみたいです。あとは厨房の防水工事、ガスの配管など。もうちょっとです。

kilimの座布団

家の近所のキリム屋さんで店のベンチ用の座布団を購入。漢字の読めるトルコ人のご店主にいろいろとキリムについて教えてもらいました。購入したものはオールドキリムといって、織られてから数十年経っているもので、草木染めの色も落ちついてなかなか含蓄のある風合いです。さらに百年以上もまえのものはアンティークキリムというそうです。

工事に突入

きょうから厨房の工事がはじまりました。残置してあった機器は老朽化がハゲしくて、けっきょくほとんどのものを買い直すことに。たぶんスケルトンの店舗で一から揃えたほうが安くついたでしょうね。まあ、自分のおうような性格と(笑)見立てのなさを嘆くしかありませんな。工事と平行してクリーニングもガンバってます。油でべたべたで、かなり絶望的だった調理場の窓を磨き上げました。スッキリとして、さあ料理を作りまっせ、という気になってきます。しかし、汚いモンがきれいになる快感がありすぎるのもなあ…。

ひたすらクリーニング

いよいよ火曜日から厨房の工事が始まります。それまでに、あらかたクリーンアップしておきたいと思っていましたが、なにしろ居抜き物件なので、積年の汚れがすさまじい。とにかく掃除をはじめたら徹底的にせんと気がすまんタチなので、ここ何日か、疲労困ぱいしてます。それに、きょうは床に落ちてたガラスの破片で指を切って完全に戦意喪失。道半ばで帰ってきました。





緑内障発覚10周年

10年まえ、奮起してマンションを買って、ついでに合ってないメガネを新調しようと(脈絡がないね…)度を調べに目医者へいったら緑内障と診断された。そのときは、すでに父親も同じ病気を患っていたので、ああやっぱり遺伝したんや、とたいして落胆しなかったのを覚えている。医者に父親のことを告げると、あんたも目の性が悪いちゅうこっちゃな、と人の身体をポンコツみたいにいうので、ちょっとムカッとしたけど、まあ、高性能でないことは確かなので納得せざるをえなかった。以来、年に4回、眼の定期検診を受け、効いてるのか効いてないのかようわからん、と評判のハイパジールという目薬を朝晩点眼。そして、きょうも3ヶ月ぶりに目医者へ。

眼圧を測って視野検査をして散瞳薬を点眼されて、やっと診察と思ったら、きょうは眼底撮影があります、やと。きっと新しいマシーンが導入されたんやな、お金足りるかな、といらん心配ごとが頭をよぎる。診察室に呼ばれ撮影された映像を見ながら説明を聞くと、やっぱり上下の視神経の厚みが薄いとのこと。典型的な緑内障の進行状況らしい。10年まえは正常やった右目も左目同様に視野の欠損がすすんでいたので(ハイパジール、評判どおり効いてなかったんやね)眼圧管理を徹底するために10年を機に目薬を変更することになった。ただし、この薬は毎日点眼してると目のまわりが黒ずんだり、まつげが長くなって太くなりますけどいいですか?とドクターが聞くので、センセ、それはひゃくも承知でっせ、うちの父親、ジイサンやのにアイラインいれたような顔ですもん、といいそうになったけど、ハイけっこうです、と答えとく。寿命が尽きるまでの最大30年ほど、なんとか視力を維持できんとナンギやから、宝塚や少女マンガみたいな目元になってもしゃあないか…。