スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

5月, 2010の投稿を表示しています

クライミング・イン・堀江

家から歩いて5分くらいのところに岩場(偽)を発見。いちおう勝手に「阿弥陀池岳」と命名しとく。東南側の斜面はすり鉢状のスラブで滑りやすく注意が必要。核心部は北西壁だが昼間いくと恥ずかしいので夜中にこっそり登攀してきた。こんどはザイルを持っていってビレイのセットや懸垂下降もしてみたい(もちろん夜中に)。

すり鉢状のスラブ。5.10履いてるのに滑る〜。













だれもいないことはない海

午前中、だらだらと洗濯や掃除をしていたら海が見たくなった(笑)。きのうの晩飯の残りのかき揚げを冷凍うどんにのせてさっさと昼食にし、Crown Jewel号で出発。舞洲を目指す。いい天気である。淀川の河口の向こうにはいつも上っている山。大阪ってセセコマしい感じがするけど、それはたくさんの人がひしめきあっているからなのね。間近に海も川も山もあって気候も温暖で、こんなに人がおらんかったらほんとはいいところなのかも(って自分もひしめきあってるうちの一人なんよね‥)。
で、爽快に淀川の堤防の上を風を切って走っているんですが、さっき喰ったかき揚げのトビアラの殻が歯に挟まっていて、うまいこと取れんのですわ。絶好のサイクリング日和ではあったが、そのことが終始気になっていまいち楽しめず‥。


遠くからみるといっそう感慨深い六甲山(笑)。

寒冷地救助隊

きょうは長年の懸案だった冷蔵庫の掃除に取りかかる。まずは中のモンをみんな放り出してと‥。えーっと、トムヤムペーストさん、賞味期限は5月11日かあ、ちがうちがう2005年の11月やんか!6年以上いてはってんね、ご苦労さんです。冷凍庫の底に眠ってた塩鮭のミイラやら、ポケットの死角にいてたピクルスの牢名主やら、まったく記憶にないとある地方の名産品やら、いろいろため込んでるなあ‥。食品をひととおりチェックして、はずした棚のパーツを洗浄。けっこうコテコテのネチャネチャです。とくに冷凍庫の汚れは解けてくると、本性をあらわして匂ってきたりする。トレーの底のほうでは髪の毛とか砂とか輪ゴムとか刺身に付いてた保冷剤とか、要らんモンを何年も冷やしてたんやね。とにかくなんでも入れといたら安心、みたいに思てますけど冷蔵庫ってかなりキチャナイとこです。クライミングでチビリそうやった、とかごちゃごちゃいうてるヒマがあるんやったら、もうちょっとこまめに掃除せんとアキマセンで。はい‥。

ピストショップにて

なんとなく、シングルスピードのバイクが気になりだして、なんとなく近所のピストショップを訪ねてみる。雑居ビルの2階、ドロップエンドのフレームが天井を埋めるようにぶら下がってます。しかしまあ世の中、どこでどないなことになるやらわかりませんな。もう、うちの近所ではママチャリよりピストのほうがようけ走ってますもんね。でも、やっぱり後期中年は仲間はずれなんでしょうか、店のオネエサンに、オッサンなにしに来てん、みたいな視線を投げつけられてすごすごと退散。Fixed Gearには乗る気がないからエエんですけど、この店のブログでは笑顔を振りまいてるオネエサンにちょっとダマされた気分(そんなもんやけど)。シングルスピード計画をすこし前に進めるために、名古屋のあのお店にメールしてみますか‥。

堡塁岩(初心者岩登り教室)

某登山用品店主催(名前だけ)の初心者向け岩登り教室にいってきた。指導はアルパインガイドの近藤さん。場所は六甲山堡塁岩。参加者は自分と63歳のクライマー、H田さん。とにかく結論からいうと魂が2つ3つ抜けた‥。「初心者向け」というのはあくまでクライミングの、という意味。「初心者向けウクレレ教室」にいくような気持ちやと、たいへん後悔する(した)。まず、最初の課題。



岩壁は20mほどの高さだけれど、岩場はほぼ六甲山上近くにあるので高度感的には800mほど。おまけにきょうはものすごい風が吹いてる。まずは経験者のH田さんが登る。よどみない動きで楽々クリア。つぎ、いきます‥。5mほどは順調だったがあとはホールドを探すのに四苦八苦。ジムみたいに色がついてないねんもん。下を見る。高い‥。でも、もう、高度感とかなんとかいってられないのよ、とにかく登るしかないんやから。このあたりで、だいたいわかった。クライミングというスポーツはどれくらいの覚悟を持ってするもんか、いままで自分が山でしてきたことはママゴトやったんやな、と‥。



登りきって下を見る。で、クライムダウン。このルートを3往復。この時点でもう堪忍してほしい、って感じなんやけど、まだまだ序の口もエエとこでした。つぎの岩場へ。↓奥の岩場です‥。



ここは傾斜が垂直ではないところが多くて、ホールドもたくさんあったが、なにしろ山中にむき出しになった岩場を登るので、もう高度感はとんでもない。遥か下には谷筋に堰堤がいくつも見渡せる。このルートは30m以上あって途中にテラスがあるので2ピッチで登る。しかし自分は最後尾なのでボルトに設置したヌンチャクを回収しながらクライミングしなくてはならず、この作業が困難を極めた。そして、どうしても越えられないところを耐えきれずエスケープして楽なほう(けっして楽なことはないんですよ)へいったら近藤さんからあきれられる。もう根性がないのはわかってますから、許してください‥。最初に登った岩が下のほうに見えてる。



そして到着地点。ここを2回練習。昼食(昼からもやるんや‥)。



昼からは中央稜に戻り南面にチャレンジ(あくまで他動的)。この壁面を見たとき、これは落ちるかも、と思った。登れる気がまったくしない。でも、ハーネスにはしっかりザイルがセットされてトップから近藤さんが、早く登れ、とばかりにザイルにテンションをかけてくる…

鯖のグリル

スーパーで大きな鯖(真鯖)が並んでいた。パックには「お造りでも食べられます」とシールが貼ってある。ひさしぶりにきずしでもしょうかいな、と手に取るとシールがもう一枚。「半額」。この二つのシールに表記してあることは、どうも相反するというか、なじまんというか、矛盾しているというか、とにかく生で喰えるんか喰われへんのかどっちやねん!と鯖に問い詰めたくなりましたがな。で、モノが鯖だけに火を通すことに決定。塩、胡椒してオリーブ油をふりかけレモンの輪切りを乗せ,腹にローズマリーを詰め、オーブンに放り込む。200℃で25〜30分ほど。食べるときに醤油をたらすとグッと旨くなります。

フィーバー・ロード

きのうジムで全身の筋肉を酷使したので、きょうは箸より重たいモンは持たんと決めていたのだけれど、天気のよさに誘われてサイクリングに出発。先日は柏原市役所で引き返してきたが、きょうはさらに石川自転車道に入り川沿いに南下。羽曳野のあたりは無花果の産地やったね、今年も待ち遠しい‥。



きょうみたいに霞がかかったような暖かい日に河原に長くいると、てきめんに目が痒くなる。それにしてもきょうのヘイフィーバーは強烈。戦意喪失で309号線との交差のあたりで来た道をUターン。しかし、こんどは柏原市役所を過ぎたあたりから急にお腹がすいてきた。こんな日に限って非常食を何も持ってきてない。大和川の対岸をみると「いざきのおかき」の看板。うーん、おかき喰いたい‥。さらに「御菓子匠河内駿河屋」の看板が目の前に。喉が渇いてもエエからようかん喰いたい‥。道路にはパン屋のトラックが走ってるがな‥。もう足は重いしフクラハギがつる感触があるし、仕方ないので自販機の飲料で糖分を補給することに。いちばん量が多くて甘そうな「デカビタ」なるドリンクを選択。ちょっと昭和30年代を彷彿とさせるサイダー系の安っぽい着香料が効いてますなあ、マズ‥。とにかくこれで糖分を補給できたかいな、と思った瞬間、急にエンジンがかかる。矢田から西区まで30分ちょっとで帰ってきた。さっきまであんなにヘタってたのに。ひょっとして「デカビタ」か‥。本日の走行距離は70kmほど。


ひさしぶりにイギリスの安売り大王でポチッと。届いたグローブ。

ジム2回目

長堀橋の交差点の北側、堺筋からすこし西に入ったところにある古いビルの6階。こんなところにボルダリングのジムがあるんです。きょう、ちょっと練習しにいってきた。料金は1回2000円(時間は無制限)。たぶん来てた人の中では最高齢でしょう。若者にまじって中年後期のオッサンが無理して若ぶってるみたいで、ちょっと恥ずかしかったですよ‥。まずはやさしい難易度?の課題(ロープクライミングでいうところのルート)からミッチリとこなしていきます。ホールドは手だけ限定と手足ともに限定されるものがあり、たぶん(っていうか絶対)山ではオーバーハングした岩には取りつかんでしょうから、垂直な壁面専門でやってました。クリアできるものもあれば、できる気がまったくせんものまで、まだまだ課題は山積しとります。ボルダリングってパッと見た感じは動きが地味であんまりオモロなさそうですけど、そんなことはなかったです。気がつけば3時間ほど、けっこうムキになって汗だくでトライしてました。やってるうちに握力がだんだんなくなって腕がダルくなってくるんですけど、それでも力の入れ加減を工夫したらまた登れるから不思議です。お金を貯めてまたいってみたいと思います(笑)。これで山の滝もガンガン登れるようになったらエエのになあ‥。

新興式抽選器

84歳になる父親が50年もやってきた洋装店を閉めることになって、この2ヶ月ほどは閉店に向けて残務処理をいろいろとしてきた。しかし当の父親は体調不良で入院してしまい、けっこうたいへんな日々であった(とくに母親が)。それでも、きょう母親と二人で店舗に残っている商品やこまごまとしたものを引き上げてすべて完了(入院していた父親も先週やっと退院)。で、店の棚を整理しているとき、奥のほうからこんなものが出てきた。「新興式抽選器」。



バーゲンセールや歳末大売り出しに登場する、あの、回すとガラガラと音をたてて玉が出てくるの。最後はショボショボやった父親の店も昭和40、50年代はとんでもなく景気がよかった。新聞に折り込みを入れて、徹夜で商品に値札を付けて、仕入れてきた婦人服をばんばん売りさばいて、この抽選器を客に回させていたのである。それも活気があったのはバブル期までの話で、やがて出番はなくなり長いこと棚の奥のほうに追いやられ、その存在も忘れ去られていた。最後の最後に横井さんみたいに発見されたものの、もう使うこともないから捨てるつもりだったのに‥。こんなものでもいま買えばけっこう高いやろからヤフオクで売ったらエエか、と家に持って帰ってきた。白、黒、赤、黄、緑、紫とカラフルな玉が200個くらいついてる(ほとんどハズレの白やけど)。抽選器のネジ蓋をあけてジャラジャラと玉を中に入れ、取っ手を持って回すとガラガラガラと乾いた、かなり大きな音がする。テツがおびえてるやんか‥。何回か回すけれどハズレの白玉ばかりが出てくる。たまにどこかでやってもティッシュくらいしかもろたことないもんな(家で大当たりが出ても気ぃ悪いし)。しばらくガラガラと回していたら、なんとなく始末するのが惜しくなってきた。親の商売道具のひとつを記念に持っててもエエやないかと。こんなチャラチャラしたもんですけど、おかげでご飯が食べられて大きくなったんですから‥。

ヘビが怖くて山にいけるかっ!

きのう、社家郷山から恐怖の尾根を下ってきたら、逆瀬川のキャンプ場あたりの上り口っぽいところにひょっこり出てきました。すると木の枝に白い看板がかかっとります。まあ、看板は上り側に向かってかかってるわけですから、下ってきたモンは最後に振り返らんと見られませんねん。で、振り返って看板に書いてある文字を読むと「まむしちゅうい」と発音できる。われわれはさっきまでマムシ棲息地帯をな〜んも知らんと歩いてきたわけです。最後にそういうこといわれても、注意のしようがありませんがな‥。
キャンプ場で、でっかい雑種(ゴールデン・レトリバーとスタンダード・プードルの)を連れて散歩してる外国人父娘に会ったんですが、お父さんはわれわれがマムシの看板のほうからあらわれたので、マムシが出なかったか、と聞いてきはりました。うーん、やっぱり近所の人たちのあいだではデンジャラスゾーンやったみたいですわ。でも、日本の山はキングコブラやガラガラヘビやアナコンダがおるわけやないので、平和といやあ平和ですな。

外国人の飼ってるワンコはかわいいなあ(笑)。

赤子谷左俣〜わけのわからん道いろいろ

JR生瀬下車、まずはいつものように駅前のトマトのパン屋であれこれパンを買ってから歩きはじめる。何回か上った赤子谷左俣ですけど、家人を連れて遡行できるぎりぎりの谷のような気がします。つれあいの年齢や技量や身体的ハンディ(チビ)を考えると、西山谷のように堰堤を高巻いたり大きな滝を登らんとアカンとこはハーネスはかせてザイルで確保せんとかなり不安です。その点、赤子谷は堰堤がないのでそれほど高度感もないし、距離的にも長からず短からず、けっこう風光明媚ないい谷やと思います。



さて、谷を上りきり、六甲全山縦走路からすぐ南に分岐している道を下り、ゆずり葉台のエデンの園に出ました。エデンの園の西端の堰堤の裏側から踏み跡を西にたどって小笠峠方面に出ようとしたんですけど、途中から道がたいそう険しくなり(いちおうトラロープ付き)岩原山の下あたりの縦走路に突き当たってしまいました。地図を見るとどうも西向きやなくて北向きに歩いてたみたいで‥。あんまりテープに頼り過ぎるとあきませんな。当てずっぽうやなしに地図や磁石をうまいこと使うてルートを探し出さんと、きっといまにエラい目にあいます(っていうか、このあといきなりエラい目にあうんですが‥)。



まあ、しゃあないので縦走路の大谷乗越から小笠峠方面に道路を下ります。途中、ガードレールの切れ目に「ゆずり葉台→」と書かれた手製の標識が‥。ホンマやったらここから出てこんとアカンかってんね。だいぶ遠回りしてしまいましたがな。さらに道路を南に下って社家郷山、樫ヶ峰からゆずり葉台に至る道の分岐に到着。もうけっこう疲れてしまったので、この道からゆずり葉台に出てバスに乗って帰ろうということに。まず小笠峰の頂上を踏み社家郷山のキャンプ場の分岐に出ました。そこからさらに東に進むと枝にマジックで「エデンの園→」と書かれたリボンが結んであって斜面に枝道が見える。これはひょっとして樫ヶ峰までいかんでもゆずり葉台に直行できる道なんかあ、とこれまた深く考えずに足を踏み入れてしもたんです。


笑てるんやないですよ、泣いてます。


あないなとこ、下りてきたんですか‥。

枝道に入ったとたんにスゴい急斜面で、さらに進むと木がはえるスペースのないサラサラポロポロサクサクのやせたガレ場の尾根道が延々と続きます。もち、両サイドは深い谷ですねん。こういう、視界の開けた尾根道ははじめての経験で、つれあいが…

炒め素麺

素麺はやっぱり塩気が強いですから固めに湯がいてよく水洗いします。きょうの具はアスパラガス、タマネギ、キクラゲ、ピーマン、干しえび(水でもどす)、ルッコラってところです。野菜を炒めて火が通ったら素麺を入れちょっと鍋の端が焦げつくくらい炒めます。味付けはシンプルに魚醤(ナンプラー)、塩、こしょうだけ。最後にルッコラを混ぜ入れて軽く炒めたらできあがりです。炒飯みたいに炒り卵入れても旨いです。苦瓜やもやしなんかも雰囲気ですな。盛りつけてレモン汁をしぼって香菜を散らします。うちのベランダの香菜は背が大きくなりすぎて花が咲いてます‥。

人間だもの

IFのCrown Jewel号に乗りはじめて一年ちょっと経ったけれど、いまだにIFのバイクとすれちがったことはない。ひょっとしたら大阪あたりで、犬じゃあなくて豚が掘り当てたトリュフのような希少な自転車に乗ってる人間は自分だけなんか、と思ったらそれはそれでなにやら複雑な気持ちにならんわけではなかった(まあ、そんなことはないやろうけど‥)。きのう、侠気のサイクリスト(兼アルピニスト)のロラおさんが、今朝ラファのサイクリングイベントが催される、とブログに書かれていたので、きょう、そのリポートを読ませてもらった。IFのバイクに乗った人も何人か参加されてたみたいで、やっぱり近所にも所有してる人がいてはったんや、と知る。自分は「同好の士」みたいな集まりがたいそう苦手で、まわりの人間からは「本質的には人間嫌い」(笑)ともささやかれている。でも、もしIFのバイクに乗った人とすれちがったら、立ち止まって二言三言は言葉を交わしてみたい(二言三言どころかどんどんしゃべるかもしれんけど‥)。おたがいのバイクをしげしげと観察しあい、そしてまたそれぞれ目的地(あれば)を目指す。せっかくアメリカはボストンまでオーダーして手に入れたんだから、その程度のおつきあいがあってもいいんじゃあないでしょうか(笑)。

摩耶東谷(棄権)〜摩耶山頂〜地蔵谷

阪急六甲から歩いて長峰の堰堤に向かう。きょうは摩耶東谷を上るつもりだったのに分岐がわからず、とりあえず目の前にあった沢を上ってみる。いくつかの小さい滝を越えると堰堤にぶち当たった。急斜面を苦労して巻いて堰堤の上に出て対岸に目をやると杣谷のハイキング道の手すりが見える。ひょっとして杣谷を遡行してたんか?もうこのまま上ってもいいんやけど、この谷はけっこう長いからなあ。それにかすかに踏み跡はあるけど赤テープがまったくないのがかなり不安(あかんたれ)。苦労して巻いた堰堤をもう一回苦労して下り長峰の堰堤からトレースしなおす。すると「杣谷→」の標識の反対側に「山寺尾根→」とあった。たぶん山寺尾根への道から摩耶東谷への分岐があるんでしょうな。で、ネットでなんとなく仕入れていた分岐の目印の石垣を左折してやっと谷に入る。上りはじめるといきなり新鮮な崖崩れの跡に出くわす。これに直撃されたらもうてっちりもてっさも食べられへんねんなあ‥。



滝をいくつかやり過ごし遡行していくとあちこちに沢ガニやカエルを見かける。こういう小動物がようさんいてるということは、その捕食者もようさんいてるっちゅうことで‥。先週お会いしましたからね、ビビっとります。やがて古い石積みの堰堤があらわれ、あたりが鬱蒼としてきた。かなり気味が悪いのでケーブルの駅のほうへエスケープさせていただく。きょうはなんか気が乗りませんわ。



それから摩耶山頂を踏み地蔵谷を下る。ガイドブックに経験者向きとあったので、てっきりむき出しの谷やと思てたら谷筋にハイキング道が整備されていて、なんの心配もない。それでも瀑音に誘われて谷へ下りていくと、こんな立派な滝が拝める。お地蔵さんはおらんけどなかなか楽しい谷です。



最後は市ヶ原へ出て布引の滝から新神戸に下りてくる。山中は藤が満開で寒からず暑からずのいい季節。これでアイツさえおらんかったらなあ‥。きょうの歩数は34000歩ほど。

なかなか自信たっぷりですな。布引ダムあたりで。

山岳部の思い出(部外者)

高校時代は吹奏楽に没頭していた(ほんとに寝食、宿題を忘れて練習していたのにたいして上手くならんかったなあ‥)。放課後、屋上でロングトーンをしていると、ロープを使って校舎の壁をスルスルと懸垂下降していくヤツらが見える。山岳部である(うちの高校は大阪ではめずらしく競技スキー部もあった)。校舎は5階建てだったのでけっこうな高度感だったろう。それからコンクリートのブロックを何個も背中にしょって、階段をひたすら上り下りする練習もしてたなあ。夏と冬には山で本格的な合宿もしていたらしい(合宿中に落石で部員が死んだという話も聞いた)。当時の自分はそんなストイックな彼らを見て、ようそんなコトするわ、とあきれていたものであるが、いまにして思えば、なんで山岳部に入れへんかってん!とおおいに悔やまれる。もちろん吹奏楽部での3年間も貴重ではあったが、山岳部やったらいまごろは槍も穂高も谷川も登攀済みなんかもしれんし(ネをあげて退部してる可能性がいちばん高いが)。まあ、これもいまたまたまそう思てるだけですけど‥。

イメチェン大和川

あびこ筋を吾彦大橋から東へ折れて大和川の土手をサイクリング。きょうの自転車は2年目に突入したインディペンデント・ファブリケーションのクラウンジュエル(長い名前やなあ)。子供のころ、この川の土手で何回か野犬に追いかけられたんがトラウマになってたんか、このあたりへなかなかこれなんだ。それにしてもいつの間にこんな清流になったんですか、大和川‥。通ってた小学校の校歌に「大和川 水すこやかに のぼり鮎」なんて一節があるんやけど当時(1960年代)は、もし鮎がおったとしても絶対喰いたないわ!っていうくらい汚かった。河原にはなんでか骨がようけ落ちてて、不気味やったし(なんの骨か知らんが)。


山を見る目がちがうワタクシの気持ちをこの写真から感じ取っていただけるでしょうか?

花盛りの土手の自転車道ではおびただしい台数のロードバイクとすれちがった。どの人もスピードを追求してやまないいでたちで、バイクはほとんどカーボン製(たぶん)。MTBや小径車は数えるほどやったのに、いやあスゴいですわ。でもね、隊列組んで狭い道をロードレースのシミュレーションするような走り方は、なんか勘違いしてはるんとちゃいますか。たぶんジャージ着てレーパンはいてヘルメットかぶってサングラスかけたら(自分もそんなカッコやけど‥)点火するんやね。きょうは柏原市役所でUターンしてガロート珈琲へ。店主のpeiさんと近隣のパワースポット、心霊スポットのお話をだらだらと。どうも裏六甲と一庫ダムのあたりがヤバそう、ってことに。さて、トラウマがとれたんで、次回は石川のサイクリング道を走ってみましょうか。

イワシのマリネ

小ちゃいイワシが30尾ほどで200円やったので、塩、コショウして片栗粉をまぶして油で揚げて甘酢に漬けました。甘酢は酢と砂糖同量ほどが昔ながらのレシピなんですが、昨今は砂糖は控え目でないと‥。酢はイタリアのポンティっていう大衆的なワイン酢。キュンとこないまろやかな味です。でも、ちょっとパンチが足らんのね。きょうはレモンを絞って酸味を追加。あんまり酸いくすると田舎モンやと思われますからね、気をつけてください(笑)。あとは新タマやら適当に野菜を入れて適当に漬けときます。仕上げにオリーブ油をたらしてもエエんですけどイワシは揚げてますからさっぱりとノンオイルで。

西山谷へ転がる

GWはこまごまとした仕事があって、テツと二人でほとんど家にいてましてん(家人は東讃岐の、都会でも、田舎でもない中途半端な海辺の町に帰省)。で、きょうやっと山に‥。
前々から気になってたんですけど、油こぶしルートをほぼケーブル駅の下あたりまで上りきったところに、わかりにくい分岐(テープ)があるんです(ついでに土管の破片みたいなモンも置いてある)。油こぶしから東側に下りたらそこは深い深い西山谷ですから、たぶん谷からエスケープしてくるルートの出口なんでしょうな。きょうとりあえず突入してみました。


ここ!

笹で覆われた斜面はかなり急勾配で(そこそこ明瞭な踏み跡をたどれるけれど)途中からは伐採した木が一面いたるところに転がっていて混沌としとります。おまけに新鮮なきじうちの痕跡があったり、ヘビさん(ひょっとしてマムシ?)に遭遇したりで、西山谷のせせらぎの音が聞こえてきたときはホッとしましたで(笑)。谷へ下りてくると見覚えのある堰堤が目の前に。たぶん第6堰堤でしょうか。前回はこの堰堤の左側を巻きすぎていくつかの滝やスリット入りの堰堤を見逃していたので、きょうは右側から巻くことに。ところがこれが大きな誤算で、さくさくの急斜面の連続にナンギして(数年分の怖い思いをまとめてしたような‥)けっきょくどこにも出られず谷にも下りられず、ホウホウのテイでもとの堰堤まで帰ってきました。これで一気に体力と気力を消耗して(気温も高かったし)もうきょうは踏み跡をしっかりたどるしかないわな、ってことに。あとはお決まりのコースをだらだらと上りきって終了。やっぱり体がナマってたか‥。きょうの歩数は33000歩ほど。


夜空の誓い

家人が昔「追っかけ」してた忌野さんが亡くなって1年だそうで、もうそんなにたちましたか、早いですね。アチコチで彼を称して「ロックの王様」なんて書いてますけど、そういうイメージとはちゃうんよなあ。やっぱりあの歌声はどう聞いてもエキセントリックやもん。無理にシャウトするよりも、こういう曲のほうがカッコいいんじゃあないかと、ツネヅネ思ってました。

sampo music/パライソ楽団

パライソ楽団は今年結成20周年。しなきゃならない仕事があるのにね、けっこうモクモクと作りました、ビデオクリップ。お恥ずかしいデキですけど、第一弾、です(笑)。7~8年前の録音でSC-55mkIIが一人で演奏しとります(笑)。

サムタイム自転車

ひさびさにCrown Jewel号でガロート珈琲へ。すがすがしいお天気においしい珈琲に半端なく古いブルース‥。きょうはいつになく舌の滑りがよかったのか、ベラベラとおしゃべりさせていただきましたよ。近くで春一番のポスター展が催されている、と店主の小西さんにおしえていただき聖天坂のギャラリー「あしたの箱」へ。中へ入るとちょうどモニターからチチさん(松村正秀)の「坂道」が流れてきた。なんとなく、かすかに、因縁が、あるような、ないような、ささいな、偶然、とでもいいましょうか。70年代から順番に春一のポスターを鑑賞して、誰も知らないであろう自分の名前を芳名帳に記すという意味のないことをして出てきました。このあと、これまた小西さんおすすめの北天下茶屋の喫茶店の下見をして、天神ノ森あたりをだらだら散策。昭和町の交差点を中心とした半径2kmのエリアって、なかなか味わい深いとこですなあ(ややこしいいい方でスンマセン)。


絶妙に空間処理のなされたタイポグラフィ。

かつてのクルマ(ボロ)

はじめて自前で買ったクルマはジムニーでした(ほんとはルノーのキャトルが欲しかったんだけれど、マニアックにもほどがあるあのシフトレバーにわなないてしまって断念)。当時(80年代)うちが購入した最下位グレードは実質2人乗りで軽貨物車扱いで税金もエライこと安かった。無理をすれば4人乗れたけど、ちょっとそこまで、が精一杯。とにかくうるさいクルマで速度が60kmを越えるとラジオが聞こえなくなって会話もままならない。そのうえ時速80kmで突然アラームが鳴り出して人をビックリさせますねん(かえって危ないがな)。鳴門大橋の上で強風に煽られ横滑りして怖い思いもしたし‥。まあ、エンジンに鉄の箱をかぶせたような、快適性とは無縁のクルマやったけれど、けっこう楽しい乗り物であったような気がしますわ。



その後、なんの罪もないジムニーを売り飛ばしてミニに乗り換えましてん。こいつもホントに前時代的な化石のようなクルマでね、チョークがついてますねん。発電機はダイナモで油断するとすぐにバッテリーが上がるし、水温計の目盛りも気前ようグングン上昇してくれますからね、もうオーバーヒートせんか心配で心配で運転どころやない(笑)。いちど大阪〜東京を往復したことがあるんですけど、夜中に1号線の鈴鹿峠のあたりでこいつのヘッドライトがだんだん暗〜なってきまして、まわりはダンプに囲まれてるし、こらあプッスンと止まったら死ぬな、と肝を冷やしました。いちおう無事に帰ってこれたんですけど、うちの車庫に入れたとたんに、ウンともスンともいわんようになりまして、まあ、よう車庫までたどり着いたな、と感心したんですけどね、感心してどうするねん!購入したジロン自動車に修理に持っていったんですが、これで東京いってきた、って店の人にいうたら、勇気ありますね、やて。運転するのに勇気のいるクルマ、売らんといてほしいなあ‥。


今はなき炭屋町ガレージで。